用事を済ませるために、どこまで日常を汚すのか
牛乳を買う。返却期限を過ぎた図書館の本を返す。有名人のサインをもらう。『POSTAL 2』の公式説明が置くのは、そんな穏当な用事である。ところが同じ説明は、POSTAL Dudeがアメリカのカリカチュアの見世物を、撃ち、切り、尿を使いながら進む暗いユーモアの一人称アドベンチャーだとも告げる。平凡な目的と過激な手段の落差が、本作の遊びをほぼ説明している。
用事は目的であり、脱線の起点でもある
主人公は、公式の言葉では、ただ雑用を終わらせたい「不運な凡人」だ。この出発点があるから、最初から破壊のためだけに世界へ入る作品とは違う。やるべきことが先に書かれ、その道中でどれだけ余計なことをするかが、プレイヤーの態度になる。
肯定的なSteamレビューの投稿者(レビューID 107776691)は「クリア方法がいくつかありますが、結果は変わらないので何やっても良いタイプのゲームです。」と書いている。ここで評価されているのは、選択によって物語の結末が大きく変わることではない。同じ用事へ向かう過程を、真面目にこなすか、銃や刃物で乱すか、笑えないほど下品な寄り道にするか、その自由である。
暗いユーモアは、悪趣味を隠さない
公式説明の「アメリカのカリカチュア」という表現は、現実らしい人物描写より、誇張された記号を笑いへ変える姿勢を示している。そこへ、撃つ、切る、尿を使うという動詞が並ぶ。中指を立てる行為や、火を消すために自分の尿をかける行為までがレビューに語られていることからも、下品さは隠し味ではなく、作品が前面に出す題材だと分かる。
肯定的なSteamレビューの投稿者(レビューID 208796158)は「このゲームは強い刺激が欲しい人にはおすすめだが、リアルの知人にはおすすめできない(多分ドン引かれる・・・)」と書いている。この距離感が重要だ。強い刺激を、現実の人間関係から切り離されたフィクションの笑いとして受け止められる人には、過激さが解放感になる。しかし、刺激が強いことを面白さの根拠とは認められない人には、同じ要素がただの不快感として残る。
FPSとして見ると、中心がずれる
否定的なSteamレビューの投稿者(レビューID 23669308)は「非常に悪趣味なゲーム。FPSとしては平凡なので、この悪趣味さを楽しめるかどうか次第のゲーム。オススメはしない。」と書いている。本作を純粋な銃撃ゲームとして測るなら、評価の中心に来るのは照準や戦闘の手触りだろう。だが、公式が提示しているのは、日常の用事と暗いユーモア、カリカチュアの見世物である。悪趣味さを取り除いたとき、作品の強みまで失われる。
反対に言えば、悪趣味な行為の種類が多いことだけで、本作を自由なゲームと呼ぶのも足りない。自由が面白くなるのは、牛乳や本の返却という小さな目的があり、そこから外れる余地があるからだ。目的が壊れるほど、最初の平凡さが効いてくる。日常が先にあるから、破壊が冗談として見える。
更新情報と、画面が壊れる現実
公式の更新情報には、ワークショップやコントローラーへの対応、NPCの声やアニメーションの変化、マッピングやコードの修正が記録されている。分解表現ではNPCの身体切断時に起こりうるクラッシュが修正され、液体が物理オブジェクトに衝突した際の大幅なフレームレート低下や、爆発する車の衝突判定にも修正が入っている。混沌を広げる要素と、それを動かすための不具合は、同じ更新情報のなかでも別の問題として扱われている。
ワークショップ対応が公式に記載されていることも、用意された混沌を一度きりの悪ふざけに閉じない入口として読める。ユーザーが内容を作る余地まで含めて、作品は整った一本道より、予想外の振る舞いが起きる場所を目指している。ただし、広げられる余地があることと、目の前の一周が安定して進むことは別問題だ。自由を評価する批評と、製品としての不安定さを指摘する批評は、同じ尺度で混ぜない方がよい。
ただし、過去の公式更新があることと、個々の環境で問題が起きないことは同じではない。否定的なSteamレビューの投稿者(レビューID 206648035)は「起動バグ、ウィンドバグ、あらゆるバグが多すぎる。買うのはやめた方がいい」と書いている。これは全ての環境の結果ではないが、メニューやキーボード操作に関する不具合の声も並ぶ。偶然の破綻が笑いになる場合はあっても、起動や操作の段階で止まれば、悪ふざけへ参加できない。
その自由を笑えるか
『POSTAL 2』で繰り返されるのは、平凡な用事と、その用事から外れていく行為の落差である。牛乳を買うという目的があるからこそ、撃つ・切る・尿を使うという露骨な笑いが、単なる破壊ではなく脱線として見えてくる。カリカチュアと暗いユーモア、ワークショップの余地、起動や操作の不安定さは、同じ「自由」の言葉でまとめず、それぞれ別の手触りとして読む必要がある。
一週間の雑用を終えることが作品のゴールでも、悪趣味な行為だけが作品の本体でもない。穏当な目的を置いたまま、そこからどこまで日常を汚せるか。その距離を測るたびに、POSTAL 2の自由と限界が同時に現れる。






